2009年01月04日

スノボ合宿

22日に初めてスノボに行ってきたのだが、あまりの滑れなさに非常に腹が立ち、ボーナスで道具一式を購入して、苗場の山荘に乗り込むことになる。夢は大きく、スノボのDVDにあるようなオフピステでスプレー撒き散らしながら、白いキャンバスに美しいラインを引くこと。そのために、K2の板8万円也、ビンディング1.5万、サロモンの靴3万円也。かなりの大冒険也。完全に形から入りました。

12/28
おっかなびっくり浅貝ゲレンデに出るが、リフト終点でこけて頭や背中を打つこと多数。文字通り全身打撲で失意の帰荘。ビンディングの取り付け確度も決まらない。

12/29
朝起きると、首が動かない。ムチウチだ…。昼まで寝て、懲りずに浅貝ゲレンデ出撃。この日、なんとか木の葉のようにゆらゆらとリフト下まで降りれるようになった。とはいえ、初級者コースでの話。
ナイターで苗場に行ってみるが、返り討ちにあう。この日も全身打撲。サポーターを持っていったほうがいいよ、といわれた言葉が心にグサグサ。肉布団しかありませんがや〜。おまけに連日の特訓で薄くなったらしく性能が悪い。(これ自体は喜ばしいことだけど)

12/30
コソ練3日目。朝起きると、首が動かない。この日も、ムチウチだ…。やっぱり痛みで午前中起きれず、午後から浅貝ゲレンデ出撃。なんとかこけずに降りれるようになったので、15時過ぎから苗場に行くが、再び返り討ちに。あまりにも転ぶので悲しくなるが、なんとか22時までがんばり、苗場の中級者コースをストップ数回、転倒数回で降りれるようになる。

12/31
OBの入荘あり。午前中首が痛いが、大晦日の紅白歌合戦時に同時開催される芸の仕込み。道具がないからたいしたことが出来ないが、仕込みは大事。
午後から苗場に出撃するが、初心者にはこの混雑は厳しかった。ドラゴンドラ連絡コースが思いのほか滑れるのに気をよくして、ここばかり攻めていたら、それなりに形になってきた。とはいえ、苗場は人が多いので、素人さんにはちょっと厳しい。明日からは神楽方面かな。

1/1
懲りずに5日目。OBは早々と帰るが、私は初志貫徹。この日は田代へ。田代は人が全然おらず、短いけど、第1ロマンスリフトでひたすら練習。ふかふか雪の中なので、中級者コースで転んでもあまり痛くない。段々とさまになってきた。

1/2
根性の6日目。この日から、山荘一人暮らし。この日は田代に行くが、リフトが1本しか動いておらず、暴風雪の中での苦しい練習。さすがにこれだけすべると、うまくなるのは当然で、ほとんど転ばなくなってきた。ためしに、最後に車で苗場に行くと、あ〜ら不思議。結構滑れるやんけ。
初級者コースでカービングの練習をしてみる。10本くらい滑っていると、段々とコツがつかめてくる。結構いけそう。

1/3
最後に癖を直したいと思って、スクールに半日入る。何といっても、ここまで自己流で身に着けてきたものなので。そこで、調整をして、一応さまになってきたか?
少し姿勢が悪く、ケツが出ているという話なので、姿勢よく滑れるように気をつける。
ここまでやれば、会社の師匠に少し追いついたかな? 

午後は、暴走族のように、苗場中をスキーで滑走。スノボでもこれくらい滑れればいいのに。

この日の深夜、東京に帰京のはずが、1人での車運転はしんどく、駒寄PAで朝まで寝てしまう。。。。
posted by gorge13 at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月08日

残念な話

12月27日。これまで数々の山をやってきたM君が亡くなった。なんでもない縦走路で、道を誤り、途中で氷のスロープを滑落したらしい。こんな形で亡くなったことに正直驚きを隠せない。
それにしても、今年も彼とはよく山に行った。飯豊のカイラギ大滝、朝日の岩井俣川ガッコ沢、台高の往古川真砂谷八町滝…。そのどれもが厳しいものであったが、充実した山行であった。力不足から跳ね返されたものもあるが、それも1つ1つが思い出だ。

こんなに悲しいことが続くのに、なんで山に登るのか。
それは、今の自分の居場所だからだろうか。近いうちに新しい世界に出るべきだとは思っているが、なかなか臆病ゆえ、この世界にとどまっている。
僕にとって日常生活はストレスの連続だ。平日の昼間、空に向かって伸びるビル群の中にいると、なんともいえない閉塞感を感じることがある。だから、たまにはそういう世界から脱出して、緑の森、白銀の世界を覗きたくなる。何も人跡のない、白い山肌に引かれた一筋のラインに美しさを求める。そのラインが合理性を持ったものであるほど、そのラインは輝くのだ。
しかし、美しさの影には毒がある。クライミングにはリスクがつきものであり、その代償は自分の命、自分の体を削り取って代償を払うことになる。
仲間の訃報を聞くたびに、今度は自分かななんてふと思ってしまう。クライミングをやっている人はみんなそう思うんじゃないだろうか。でも、死ぬかもしれないなんて切迫感はその瞬間にならないと訪れないから、みんな登山を止めることはない。

仲間が山で亡くなったのは20人くらいはおり、いつかはこういうことが来ることを頭の片隅にとどめてはいるし、覚悟もしているのだが、やはりこういう形でお別れをしなければならないのはやはり悲しい。

posted by gorge13 at 23:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする