2012年07月06日

後立山・白岳東面第2稜

五竜の山並の向こうに太陽が沈んでいく。遠見尾根が橙色に染まっている。山頂はあまりに遠かった。
G7の帰りに受けたあの衝撃だけは絶対に忘れることはできなかった。荒沢尾根を髣髴とさせる巨大なキノコ群、そして所々に見え隠れするいかにも悪そうなミックス壁。その絶望的な姿に「恋」をしてしまった。そして連続の五竜通い。しかし、1ヶ月に3度も五竜に通うほど恋焦がれているやつはいないようだ。なかなかパートナーが捕まらず、とっかえひっかえになる。特に第2尾根は連休直前ということもあり、メンバーを集めることに相当の困難を伴った。

4月23日
強風のためテレキャビンが運休。平川谷の林道終点から登ることを考えていなかったこともあり、昼までフテ寝してしまう。あとで気がついたがアホだった。さっさと見切りをつけて平川谷から取り付くべきだった。結局、昼ごろになっての平川谷経由での入山となる。
最初は快適だった林道歩きも、渡渉、そして堰堤を越えてから先は、金曜日に降った雪に苦しめられ、第2尾根の取付に辿り付いた時には3時間が経過していた。おまけに天気も悪く、風も非常に強い。この状態でツェルトビバークはかなりつらいだろう。そう考えて、取付でビバークし、翌日のアタックに備えて、トレースをつける作戦に変更。
この日はさらに1時間半ラッセルを頑張り、1900m地点までトレースをつける。例の如く、シュルントを利用したテントサイトは快適である。

4月24日
寝る前に出ていた満点の星空は消えていた。しかし、風はなく、それなりに快適な登攀日和となりそうだ。しかし、快適と感じたのはトレースをつけたところまでで、そこからロープを出す水平リッジの終了点まで標高差わずか100mに2時間半もかかる。核心部を登り始めたのは、敗退が頭の中をちらつき始めた7時半を過ぎていた。眼前に広がるきのこの1つ1つはいつになく巨大に見える。

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バックの山々に朝日が当たりはじめた

1ピッチ目、正面のきのこには正面突破を挑まず、左のルンゼを40m伸ばし、きのこの付け根でビレイ。
2ピッチ目、きのこのつなぎ目から登り、2つ目のきのこには、スリングアブミまで使って強引に突破。上がってみれば、巨大きのこがこの先、どこまでも続いている。とても全部越えられそうにない。稜線が極めて細くなったところでビレイする。
3ピッチ目、正面のきのこ崩しを嫌がり、きのこの左側を回り込む作戦に変更する。ロープいっぱい伸ばすと、左下から上がってくる広いルンゼに入った。
4ピッチ目、広いルンゼを登る選択肢もあるが、きのこ崩しをしに来ているので、ブッシュを腕力登攀の後、苦しいきのこ登り。稜線に出るとナイフリッジだった。リッジを慎重に登って、2段キノコの下へ。
5ピッチ目、でだしをスコップで切り崩して一段上がると、巨大きのこの下には快適なバンドが広がっていた。左に回りこむと、広いルンゼに合流する。ここからきのこの上に出るのも可能だが、ルンゼの先には簡単に稜線に上がれるところもありそうだ。結局、ルンゼをつめて、稜線直下まで。
6ピッチ目、右に回りこみ、きのこの上に乗り込んで岩稜まで。所々に開いているヒドンクレバスのような隙間が恐ろしい。おまけに下がえらくえぐれた水平キノコリッジで精神的にしびれる。だが、50m歩いても、ビレイ点に出来そうな場所がない。こいつは困った。先は岩稜にナイフリッジと、状況は悪くなる一方だ。しかし、神は見捨ててはいなかった…。神頼みっぽく岩稜の付け根を掘り起こすと、なんとブッシュ発見。ろくなプロテクションがないまま、目の前のナイフリッジをコンテで行くのは恐ろしいと思っていたので、すかさずビレイを取る。
7ピッチ、出だしのナイフリッジは実はスカスカ。踏みつけると、ただでさえ細いリッジに亀裂が入り、一部が音もなく、空中に消えていく。なんとか耐え、スコップを使って水平リッジにあがり、最も安定したところでビレイ。
次の8ピッチ目を見るが、正面の2段巨大キノコの存在が憂鬱だ。とても登れるように見えない。水平リッジを歩き、巨大キノコの付け根までロープを伸ばす。きのこ崩しを嫌がり、一旦左の谷筋に降りたら、登りかえすのに非常に労力を使うことになった。
狙うは巨大キノコの右下をすり抜け、次の巨大キノコに強引にあがるか? それとも、右に一度懸垂し、雪崩れそうなルンゼを登り、右から合流する支稜に上がるか? 前者は神がかり的な登路が残されているが、2つ目はどうにも越えられそうに見えない。一方、ルンゼも安易かもしれないが、いかにも雪崩れそうな上に、先の保証は全くされていない。結局、後者を選んだ僕らは15mの懸垂をして、苦しいルンゼのラッセル60mで支稜に上がる。

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ものすごくでかいキノコ。さすがにこれは越えられない。

10ピッチ目、正面の巨大きのこを右から回り込んで、斜面を登って行く。しかし、快適とはほど遠く、胸まで埋まる軟雪でもがいているというのが正しい表現か? はっきり言って、この状況で雪崩れないのが不思議だ。おまけに、この状況でロープをつけるのは意味がないので外してしまう。途中、杉本さんとトップを変わり、岩稜の始まりまで、ひたすら塹壕堀り。ロープスケールで2ピッチ伸ばすのに2時間近くかかる。最後はかなり傾斜も強い。
そして11ピッチ目、岩稜の取り付きの細いブッシュにビレイを取り、杉本さんが雪に埋まった岩を掘り返しながら、急な岩稜を登って行く。10m登ってからリッジを右にまたぐと、草付が広がっており、ダブルアックス交じりでさらに15m。草付の終わり辺りが一番傾斜がきつく怖い。ここが終わると、ひたすら頂上に向けて雪壁登り。雪は幾分締まってきたように感じる。ロープが足りず、最後はコンテ。
核心は越えたようだ。12〜14ピッチ目の3ピッチで、所々に亀裂が隠れた急な雪壁から美しいスノーリッジ、そして頂上稜線の平坦地へ。緩いリッジを登ってほどなくすると、遠見尾根に合流した。
 五竜の山並の向こうに太陽が沈んでいく。遠見尾根が橙色に染まっている。遠見尾根にはトレースは全くない。こんな状況を誰が予想しただろうか? 幸いにしてラッセルは厳しくなく、30分ほどで大遠見へ。大遠見から支稜を降り、そのまま沢筋を下降。日も暮れはじめた6時過ぎデポ地点にたどり着いた。
行きにも通った堰堤で真っ暗になり、この先、ヘッデンをつけて林道を歩く。杉本さんはほっとしたのかバテ気味だ。これまでこういう山をやってこなかったわけだから、無理もないだろう。東側から満月が現れた。月に照らされながら、考え事をして歩いていると、程なくして林道途中の車に辿りついた。20時半。さすがに疲れた。やはり後立は甘くない。
 
[山行DATA]
2005年4月23日〜24日
木下徳彦、杉本陽子 (チーム84)

04/23[晴のち曇] 
平川谷林道終点(1200)→第2尾根取付(1520-50)→1900m往復後TS(1730)

04/24[晴] 
TS(0410)→稜線(1620)→大遠見(1700)→TS(1815-30)→平川谷林道終点(2040)
posted by gorge13 at 02:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 登攀記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

穂高・下又白谷〜静かに眠る穂高の大ゴルジュ〜

 穂高に下又白谷という大ゴルジュが眠っている。「断想 下又白谷」、この記事を目にしたのは今から4年前の事だ。山岳巡礼倶楽部の赤沼正史氏の記事と共にカラーで掲載されたその写真は、非常に刺激的な写真だった。上に吹き上げる滝の真横をネイリングする姿やU字形の滝の横をユマーリングする姿は、それ以来僕の心にインプットされた。僕を下又白のとりこにするには十分すぎた。

上高地に降り立つと、もう秋真只中だった。ここで京都から来た野村さんと待ち合わせをする。とにかく寒い。

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狭いラントクルフトの間を抜ける

明神から対岸の林道をのんびりと歩き、下又白谷へ入る。しばらく涸沢を登って行くと、伏流していた水流が再び現れ、大きな壁が現れた。9月になっても膨大に残る雪渓はとても信じられない。最奥には万年雪の城塞に囲まれた鉄のF1が控えている。
雪渓のどん詰まりから、木の棒を埋めて、シュルントに懸垂。頭上に被いかぶさる雪渓を気にしながらラントクルフトをトラバース。下を見れば、真っ暗な闇が口を開いていた。鉄のF1はとても登れるものではなく、左岸から入るルンゼを4ピッチで登る。

続く銅のF2。ホールドがガタガタ動く非常に恐ろしいカンテを2ピッチ。両側の壁は城塞のように立ちはだかり、正面突破しかあり得ない。落石が襲い、僕らは右往左往する。銀のF3も大変だ。あの写真で見たU字型の流水溝から上に吹き上がるのも健在だ。2ピッチ分をネイリングすれば、もう夕方になっていた。
翌日早朝から、金のF4の左壁を登る。2ピッチ目、37年前の初登攀の時には生えていなかっただろう灌木を使って苦しいエイドをすれば、終わりももうすぐだ。ピトンが足りずにランナウト気味の最終ピッチは、傾斜が緩いながらもとってもすばらしいピッチだった。

振り返れば徳沢園が見える。最後のF5を簡単に越えてしまえば、1時間半ほどガレ場を右に右にと登り続けると茶臼のコルで、奥又白は目と鼻の先だった。秋色に染まった穂高の山々を眺めながらの下山となった。
想いとはうらはらに結構あっさり登れたが、得てしてそういうことはよくあることだ。しかし、内容自体はすばらしい。F3上の河原で明かした焚き火の夜は、辺りの山々を微かに照らし、決して写真では表現できない幻想的な光景を醸し出していた。

穂高・下又白谷
2002年9月21日〜22日 
木下徳彦、野村勝美(無所属)、西田重人(山岳同人「黒部童子」)
posted by gorge13 at 02:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 登攀記録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする