2011年09月19日

最後の旅

称名滝へのトライから8年、称名廊下の偵察から5年、「最後の旅」をやっとやろうという気になった。

9/16、1日早く休み、澤田さんと炎天下の中を大日平に上がった。
大日平から懸垂を交えて降り立つ。

下ノ廊下の入口をを覗いてから、遡行を開始。
弥陀ヶ原側の側壁はずっと立ち、容易に弥陀ヶ原側への逃げ場を与えてくれない。
時折かかる滝は100mを超え、ほとんど観光旅行気分だ。
何よりも驚いたのは、称名廊下のような黒い凝灰岩をイメージしていたが、立山の溶岩台地を削り取った水は、凝灰岩の下の花崗岩の岩盤に当たり、花崗岩の渓谷だったことだ。
しかし、遡行を開始してわずか1km。早くも出てきたスノーブリッジに行く手を阻まれる。
微妙な草付から高台に上がるが、見えたのは不安定すぎるスノーブリッジに、見ている目の前でのスノーブリッジの大崩落だった。
この位置でのスノーブリッジ出現は、すなわち、今後も断続的に現われることを意味する。
この状況でブリッジをくぐるという選択肢はない。
夜中には雨も降り出し、意気消沈した僕らの気持ちをさらに沈ませた。

翌朝、雨が降る中、大日平に登り返し、悔しい気持ちを抱えながら下山。

それにしても、大量の低温の湧水が両岸から流れ込み、この時期ですら、称名の水量は全く減らない。
これらは長時間浸かることを許さない。そして、弱点のない下ノ廊下の壁。
ザクロ谷は称名川の幼な子だったということを改めて思い知らされる。
登ってみたいとは思うが、勝負に勝つためには、死すら恐れない「心」と、「運」が必要だろう。

そして中ノ廊下と上ノ廊下。
「称名の鉄の掟」により、幸いにもフィナーレだけをやっつける不届き者は現われず、静寂は保たれていた。決して難しい課題ではないと思うが、膨大な残雪がなくなる(かもしれない)かどうかがポイントだろう。
また来ないと。

DSC02887.JPG
これが称名廊下:地獄への入口

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弥陀ヶ原側にかかる不動滝。100mを超える高さ。下から見上げる景色は圧倒的だ。日本の滝百選に選ばれてもおかしくないほどのかっこよさ。

DSC02923.JPG
絶望のスノーブリッジ。再奥のブリッジが目の前で落ちた。
先に進むには懸垂するしかないが、懸垂したら同ルートを戻ることは許されない。

DSC02927.JPG
左岸はずっと側壁が立っている。弱点はほとんどない。


posted by gorge13 at 00:33| Comment(1) | TrackBack(0) | Footmark in the mountain | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
このブログを見続けていたものです。
いよいよと心沸き立ちました。

盛夏のアルプスを歩く程度の登山者ですが、
称名の響きは、剣の大滝と並んで心を捉えて離しません。

また何年後でも良いので楽しみにしております。
Posted by yoshi at 2011年10月01日 18:24
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